さとうきび畑の唄 さんま 死因 本当に上官に銃殺されたのか?何故?他の家族はどうなった?

沖縄の歴史

ドラマ「さとうきび畑の唄」は第2次世界大戦中の沖縄が舞台のドラマです。

家族をこよなく愛し、人を笑顔にすることに喜びを感じていた父、平山幸一。

やがて幸一は徴兵され、壮絶な死を遂げます。

幸せだった家族が戦争に巻き込まれ、大切な人や命が奪われていく悲しい反戦ドラマ「さとうきび畑の唄」。

この記事では、明石家さんまが演じた主人公、幸一の死についてまとめています。

幸一は、どのようにして死んだのか?

幸一は、誰に殺されたのか?

幸一は何故、殺されなければならなかったのか?

そして、幸一が命をかけて守ろうとした家族はどうなったのか?

ぜひ、最後まで読んでください。

さとうきび畑の唄 さんまの死因 本当に上官に銃殺されたのか?

幸一役のさんまが死ぬシーン

徴兵された幸一は、行軍の最中、負傷して動けなくなっているアメリカ兵を発見。

上官は、幸一にこのアメリカ兵を撃てと命令しますが、幸一はそれを拒否しました。

命令に従わない幸一に激昂した上官は、幸一のこめかみに銃を突きつける

そこで場面が切り替わり、銃声の音だけが鳴り響く。

幸一は誰に撃たれたのか?

この状況から推測するに、おそらく上官から撃たれたと考えるのが一般的だと思います。

でもその場面が映し出されなかったので、負傷したアメリカ兵が恐怖のあまり発砲したという可能性もなくはありません。

いずれにしろ、何故、撃たれて死ぬシーンが映し出されなかったのでしょうか?

どういう意図だったのか、気になって色々調べてみましたが、はっきりしたことはわかりませんでした。

 

さとうきび畑の唄 さんまが死ぬシーンは何故、映し出されなかったのか?

ここからは個人的な見解です。

戦争で家族を失った人の気持ちを視聴者に疑似体験させるため

戦争で亡くなった方々は、遺体はおろか、遺骨さえも家族のもとに帰ってこれないケースがたくさんあります。

事実、沖縄ではいまだに遺骨の発掘作業をしておられる方々がいらっしゃいます。

紙切れ一枚で「名誉の死を遂げられました」と言われても、

家族にしてみれば、現実感を伴わないでしょう。

同じように、このドラマを観ている私たちも、幸一が銃で撃たれたことはなんとなく想像はつきます。

しかしどこか現実感がなく、「あれ?死んだの?多分、死んだんだよね」という感覚を、私は持ちました。

製作者側の意図はわかりませんが、亡くなっている姿が映されなかったことで、

戦争で大切な家族を失った方々の、現実感を持ってその死を受け入れ難い心情を疑似体験させられたようでした。

さんまさんのキャラが「死」と結びつきにくい

もう一つ感じたことは、さんまさんの死に姿は、違和感がありすぎるということ。

お笑い芸人が、戦争をテーマにしたドラマの主演、ということで賛否両論あったそうです。

しかし私は、このドラマでさんまさんが見せた演技は素晴らしかったと思います。

特に、最後のシーンで「私はこんなことをするために、生まれてきたわけやないんですよ」と叫んだ時のあの表情。

あの場面に至るまでのさんまさんは、皆を笑わせることが好きで冗談ばっかり言っている関西人。

私たちが普段テレビで見ているさんまさんのまんまです。

それが最後、上官の理不尽な命令に対して静かな怒りと覚悟をたたえた顔へと変わる瞬間。

その振れ幅の大きさに、私は息をのみました。

それほど素晴らしい演技ではありました。

しかしやはり、さんまさんが亡くなっている姿は、さすがにキャラ的に違和感がありすぎると思いました。

矛盾しているようですが、率直な感想です。

さとうきび畑の唄 何故、味方のはずの上官に銃殺された?

アメリカ兵に撃たれた可能性も皆無ではない、と言いましたが、

やはり、上官から撃たれたと推測するのが妥当でしょう。

ですが、何故、上官に銃殺されなければならないのでしょうか?

「アメリカ軍は日本人をたくさん殺したんだ。だから撃て」

上官は幸一にそう命じました。

何故、自分が撃たずに、わざわざ部下に命令するんでしょうね?

それだけでも、私は少し憤りを感じてしまいましたが、

上官も本当は人を殺したくない、というのが本音でしょう。

しかし、そんなことを言ったり行動に表したら、あの時代は「非国民」と非難されました。

自分がどんな目に遭わされるかわからない。

でも幸一は、それを恐れずに自分の信念を貫いたのです。

「私は人を殺すために生まれてきたんじゃない」

「アメリカ人だって同じ人間だ。自分にはできません」

と。

だから「反戦思想を持った人間」ということで銃殺されたのだとは思います。

しかし考えれば考えるほど、理解に苦しむ矛盾です。

人を殺したくはないけど、結局、部下である幸一を殺す。

日本人をたくさん殺したアメリカ兵が憎い、と言いつつ、結局、自分も同胞の日本人を殺す。

実際にこういう理由で、日本人が日本人によって殺されるケースが、

たくさんあったことは想像に難くありません。

戦争の愚かさがこのシーンに凝縮されているように私は感じます。

さとうきび畑の唄 他の家族はどうなった?

このドラマでは、亡くなったのは主人公の幸一だけではありません。

まず幸一の長男(坂口憲二)で、結婚したばかりだった勇が、徴兵され戦死します。

次男の昇(勝地諒)は志願して日本軍に参加し、最後は戦友の身代わりとなって、玉砕。

また、長男勇の嫁、紀子(仲間由紀恵)も亡くなってしまいます。

避難していた洞窟で、アメリカ軍の爆撃による落盤の際、次女の春子(大平奈津美)をかばって…。

長女、美枝(上戸綾)は、昇と同じく志願して従軍看護婦となりました。

日本軍の敗戦が確実になる中、周りの看護婦たちは次々と身投げしました。

しかし、美枝は自ら命を断つことはしなかった。

自分から看護師として、日本軍に貢献する道を選んだ美枝ですが、

最後は日本軍の「辱めを受けるくらいなら自決せよ」という命令には従わなかったのです。

そして、父幸一の「死んだらダメだ」「アメリカ兵だって同じ人間なんだから鬼とは思えない」

という言葉を信じ、父の教えに従いました。

同様に、幸一の妻、美知子(黒木瞳)と春子(大平奈津美)も幸一の言葉を信じ、

自決ではなく投降することを選んだのです。

家族に対して「死んではいけない」と言っていた幸一。

自分はアメリカ兵の命を、そして自分の信念を守り死んでしまいましたが、

彼の残した言葉が家族を救いました。

戦死した長男の勇も、次男の昇も、そして長男の嫁、紀子も、

大切な誰かを生かすために自分の命を犠牲にしたのです。

ドラマに込められた強いメッセージ

このドラマは、実話をもとにしたものではありません。

しかし、沖縄戦でたくさんの人が命を落としたことは事実です。

そして彼らの犠牲の上に、今の平和があるのです。

だから私たちは、自分の命をつないでいかなくてはいけない。

辛いことがあっても生きていかなくてはいけない。

ドラマのしめくくりでは、現代を生きる平山家の血を引く少女が登場します。

彼女は、祖母の幸子(戦争当時、生まれたばかりの赤ちゃん)から、幸一をはじめとする

平山家の人々の話を聞き、先人たちが自分に残してくれた平和の大切さを知ります。

そして、それまでの投げやりな態度を改め、前を向いて歩き出すことを誓い、ドラマは終わります。

まとめ

以上、「さとうきび畑の唄」で主演のさんまさんが死んだシーンについて、

さまざまな角度から考察しました。

さんまさんが最後に言い放ったセリフといい、味方のはずの上官から銃殺されるシーンといい、

戦争の理不尽さ、愚かさを私たちに強く印象付けるドラマでした。

一家の大黒柱であり、太陽のような存在だった父、幸一が死んでしまった後も、

平山家の人々はその悲しみに負けず、前を向いて生きぬきました。

こんな思いをした人が、現実にもたくさんいたことでしょう。

現代に生きる私たちも、どんなことがあっても命を大切にし、

生きていかなくてはいけない…。

そんな勇気をくれる作品でした。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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